2009年6月5日金曜日
警察、検察は、謝罪すべきだ
再審請求弁護団と、検察双方のDNA鑑定が一致した。鑑定結果は、受刑者が犯人ではないと言っていた。警察、検察は謝罪すべきだ!
1990年5月、19年前の事件だった。1991年12月に逮捕。あの時、自白調書では、幼女殺害を認めていたが、公判廷では、自白は強要されたものだと自白調書を否定した。 少女の衣服についていた体液のDNA鑑定が決め手となって、有罪となった。 再審裁判を前に、「警察と検察に謝って欲しい」菅家さんは、支援者への手紙で訴えていた。 無実をずっと訴えていた菅谷さんが今日、異例のスピードで釈放された。確定判決から9年目だった。裁判所が再審決定を出す前の東京高検の決定で釈放されたことは異例のことだ。 検察も鑑定結果を認めざるを得なかった。DNA再鑑定結果が出た今、絶対に謝罪すべきだ!
菅家さんの父親は逮捕後、ショックで亡くなって、2年前には母親も亡くなっていた。 検察も、警察も、両親の墓に謝罪に行ってほしいと本人は記者会見で語っていた。 DNAの再鑑定をなかなか認めなかったこと、どうして私を犯人と認めたのか分からなかった。一審の宇都宮地裁では、傍聴席に刑事が来ていると思ってびくびくしていたため、無罪を主張できなかったそうだ。 自由の身になった今、他の冤罪で苦しんでいる人たちを支援していきたいと語っていた。 東京高検が東京高裁に無罪になる可能性が高いという意見書を出して、再審の方向に動き出した。今日の保釈は、再審決定前の異例中の異例の出来事だった。 冤罪事件の解決は喜ばしいことなのだが、検察、裁判所、この事件の時間の重みをしっかり受け止めてほしい。事件の時効は、成立してしまっている。菅家さんは、当時の刑事、検察官を絶対に許さないと繰り返していた。
経 緯
栃木県・足利市で平成2年5月12日の夕方、パチンコ店勤務・Aさんの長女マミちゃん(当時4歳)が突然行方不明になり、翌13日足利市内の渡良瀬川の河川敷で全裸にされたマミちゃんの絞殺遺体を発見した。 前日の12日午後5時50分頃、マミちゃんは父親のAさんと一緒にパチンコ「ロッキー」に入った。パチンコ店内の休憩室で遊んでいたマミちゃんが、外で遊ぶからとAさんに言い残し店外に出た(6時10分頃)。Aさんが娘を見たのは、これが最後になった。 その後、景品交換所の女性や客が一人でパチンコ店の駐車場で遊んでいるマミちゃんを目撃している。最後に目撃されたのが、パチンコ店の隣のK宅で、マミちゃんは生まれたばかりの柴犬の子犬を見ようとK宅の門の中へ入ってきた。K宅の主人が「犬に噛まれるから危ないよ」と注意すると、マミちゃんは残念そうに出て行ったという。これが、6時40分頃で、それ以降マミちゃんの足取りはぷっつりと途絶えた。 7時頃、マミちゃんが居なくなったことに気付いたAさんは、店内を捜すがマミちゃんは見当たらない。不安になったAさんは、駐車場や付近を捜しだす。更に約600メートル離れた渡良瀬川の土手まで捜したが行方は判らなかった。同日の夜、Aさん両親は足利署に届けを出した。 届け出を受理した警察は迅速な捜査を開始する。というのは、足利市では昭和54年にマヤちゃん(当時5歳)、59年にはユミちゃん(当時5歳)が行方不明になり、マヤちゃんは渡良瀬川の河川敷で、ユミちゃんは市内の畑で遺体が発見された。この事件は今だに未解決の状態だった。 このため、マミちゃんの行方不明届を受理した警察は大規模な捜索を開始したのだった。 翌日の13日、渡良瀬川の河川敷を徹底的に捜索した結果、河川敷の運動場先の葦が茂った中洲で、絞殺されたマミちゃんの遺体が発見された。遺体は不思議なことに、顔に砂が付着していたが顔以外には付着していなかった。このため、殺害現場は他にあると推定された(運動場に公園があり、この砂場で窒息死させ中洲に運ばれた可能性がある)。-容疑者検挙- 警察は、パチンコ店に出入りしている客や地域の不審者、前科者など徹底的に捜査を始める。警察にも多数の情報が入り、一つ一つを潰していったが犯人に結びつく手掛かりは無かった。 半年後の11月2日、市内の住人から「週末だけ借家に住む不審な中年男性」が居るとの情報があった。駐在所の警察官が、その借家へ訪問したところ、出てきたのが《幼稚園バス運転手・菅家利和(当時44歳)》さんだった。 菅家宅に上がりこんだ警察官は、多数のアダルトビデオやグッズを見て怪しいと直感する。が、多少不自然に感じる週末だけの借家利用は、同じ市内にある自宅では、両親と妹の4人暮らしで3間はあまりにも狭く、借家を借りたのも極自然であった。 しかし、警察は「菅家は、マミちゃんが行方不明になったパチンコ店に頻繁に出入りしていた」という情報も得て、益々嫌疑をかけた。警察は、12月3日から逮捕される平成3年12月2日までの1年間、尾行を続ける。この間、菅家さんが出したゴミ袋から精液が着いたティッシュペーパを押収し、マミちゃんの衣服についていた精液とのDNA鑑定を行った。 このDNA鑑定で、1.2/1000の確立で菅家さんの精液であることが判定され、平成3年12月1日菅家さんを任意同行。菅家さんは犯行を否認したが、午後10時過ぎ犯行を自供。翌2日午前1時15分逮捕された。
-疑問点- 菅家さんは、取調べにおいて犯行を自供したが、一審公判中に自供を全面否認し、無実を訴えた。 菅家さんの自供には、矛盾点が多かった。犯行に及んだ経緯は、自分では殆ど供述できなかった。検察官が「こうなのか?」の問いに「多分そうです」という会話が続いたという。弁護士との面会でも「つい、しゃべっちゃったんです」というような軽い会話を交わしていた。
パチンコ店でマミちゃんに声をかけて、自転車で渡良瀬川に連れだして犯行したという道順も、遺体発見直後の警察犬の探索では、まったく異なる道順をたどった(供述した道順とは反対方向)。警察は、警察犬の探索報告は一切公判で明らかにしていなかった。 絞殺した方法も矛盾点が多く、マミちゃんの顔に付いていた砂も明確にできていなかった。 DNA鑑定も、当時の測定方法は完全に確立されておらず、証拠能力として疑問を呈する専門家も多かった。
警察は、マヤちゃん、ユミちゃんの二人の殺害に関しては立証できず、マミちゃん殺害・遺体遺棄に関して菅家さんを起訴した。平成5年7月7日一審宇都宮地裁で無期懲役の判決。平成8年5月9日二審で控訴棄却。平成12年8月16日最高裁で菅家さんの無期懲役が確定し、服役していた。
昨年12月、東京高裁が被告側と検察双方から出されていた再鑑定申請を認めたことから、新たな展開を見せ、今年、双方別々の方法で行った鑑定結果が、菅家さんのDNAと違うと判定していたことで、今日を迎えた。 おそらく東京高裁で再審決定後、原審の宇都宮地裁で無罪判決が出され、検察が控訴しなければ無罪が確定する。
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