2007年12月13日木曜日

国家の嘘を暴く

国家の嘘は裁かれるのか


沖縄返還協定の裏協定 損害賠償請求の行方は

 1970年代の沖縄返還交渉をめぐる「密約」を報じ、国家公務員法違反(秘密漏えいの教唆(きょうさ))の罪で有罪が確定した元毎日新聞記者の西山太吉さん(76)が、米公文書で密約が裏付けられた後も日本政府の否定発言などで名誉が傷つけられているとして国に謝罪と慰謝料を求めた訴訟の控訴審が3日、東京高裁(大坪丘(たかき)裁判長)で結審した。判決言い渡しは来年2月20日。 西山さんの代理人は最終弁論で、西山さんが入手し報じた外務省の極秘電信文について、「佐藤政権の政権欲・政権益に基づく、国民・国会に対する壮大なうそを暴く証拠そのもの。法の保護に値する秘密ではない」と主張し、「近年公開された(密約の)証拠が刑事裁判で明らかになっていれば西山さんが無罪だったことは必定だ」と指摘した。今後も密約を証明する文書や証言者が現れる可能性を述べ、西山さんの冤罪(えんざい)性を訴えた。(今年10月には新たに沖縄返還時の核持込を是認する協定もあったと読売新聞が伝えた) 西山さん側は今回新たに、沖縄返還後も有事には米軍が核を持ち込むことを日本政府が認めた密約の存在を立証した。日本大学の信夫隆司教授がことし8月に発見した密約明記の米公文書などを証拠として提出した。裁判所に対しては「密約締結から35年余たつ現在も数々の密約を隠し続けている外務省を是正できるのは裁判所しかない」と訴えた。 控訴棄却を求めている国側は今回、争う姿勢を示しながら証言は一切行なわなかった。。  1972年沖縄返還協定を巡って、返還費用など諸経費をすべて日本が肩代わりするという裏協定があった。当時毎日新聞記者だった西山太吉さんのスクープは、時の佐藤政権の屋台骨を揺るがした。しかし、政府は国会答弁において、そんな協定など存在しないと白を切り通した。 それがいつの間にか外務省女性職員との醜聞に矮小化され、(御用雑誌、週刊誌などに書きたてられる)逆に公務員の外交機密漏洩の罪と漏洩教唆の罪で西山さんは、外務省女性職員と共に逮捕、起訴されることになる。最高裁で執行猶予付きの刑が確定している。  

 「沖縄密約事件」は、西山太吉・元毎日新聞記者が1971~72年の取材過程で入手した外交秘密電文を暴露したのが発端。当時の社会党横路議員が、国会で質問している。これに対し、時の佐藤栄作政権は「密約はなかった」と強弁し、逆に西山記者と外務省女性事務官(安川壮審議官付き)とのスキャンダルにすり替えて「外交機密漏洩事件」として断罪、真相を隠蔽してしまった。事件から30年経過したため米国外交文書が公開され、日本の研究者とメディアが究明した結果、2000年と2002年に「日本の400万ドル肩代わり密約」を裏づける外交文書が発掘された。ところが、日本の外交文書公開はいぜん不完全で、政府は〝密約〟を否定し続けている。このため西山氏は2005年4月に「不当な起訴で記者活動を停止させられた」として、国に3300万円の損害賠償と謝罪を求める訴訟を東京地裁に起こし、今年の3月27日の東京地裁判決は、最大の焦点だった沖縄返還交渉の「密約」の有無には一切触れなかった。損害賠償の請求権は20年で消滅するという民法の除斥期間を判断の前提条件にして、西山太吉さんの有罪を確定した最高裁決定の誤判性などの争点には判断を示さないまま、いわば門前払いの形とした。 西山さん側が、日米政府の交渉記録や米国の公文書など膨大な証拠書類を積み上げたのに対し、同地裁が判決の中で判断を示したのはわずか三ページだったというから、実質的な審理に入れば、密約を認定せざるをえず、現政権をも巻き込む事態になりかねないとして、司法が政府の密約を追認したとしか思えなかった。 西山さん側が返還交渉の内幕と密約の全体像を明らかにしたのは、当時、入手した国の内部文書は政府の重大な“権力犯罪”を証明する証拠であり、国家公務員法が保護するには値しない性質であることを裏付けるためだった。政府には隠したい秘密と国民の知る権利の衝突を前面に持ってきて争ったのだが。 その上で、密約の重大さを認識せず、記者活動の目的の正当性を検討していない最高裁の決定は国民の知る権利を軽視した誤判だと主張。そうした判断材料になったのは、起訴状に「ひそかに情を通じ」などと記して男女関係に基づく入手方法を強調した検察官の訴追にあるとしていた。(当時の東京地検検事は佐藤道夫氏(現民主党参議院議員)で、国家の犯罪というべき隠蔽を見事に国民の目からそらすことに成功したといえる。こいつが、国民の代表面して国会議員なのだから許せない。) 密約が違法性の強い国家の犯罪的行為であるとの認識が前提だったが、地裁判決はこれらに、全く無視した。除斥期間を盾に、形式論に終わった形だ。

  返還密約訴訟は、密約をした政府が何のそしりも受けず、不正を暴こうとした記者だけがなぜ刑罰を受けるのかという素朴な問いと、国の情報統制に抗うことをあえてしてこなかったメディアや社会に知る権利の意識を喚起する「異議申し立て」だった。 西山さんが対米一辺倒と批判する政府の安保・外交政策と、沖縄問題との構図を考える絶好の機会でもあったが、一審は法律上の理屈に終始する結末となった。その控訴審が早くも結審したのだ。

  誰も責任をとろうとしない無責任な外交責任を問うための「西山・国賠訴訟」だったが、提訴当時、新聞の関心は何故か薄く、雑報程度の扱いに終始しており(沖縄地元2紙は相当の扱いだった)、沖縄密約事件が投げかけた今日の米軍再編につながる意義が、まったく伝えられていないことに不満を感じてきた。この不満を解消したのが、昨年の北海道新聞2月8日朝刊の衝撃的スクープだった。(携帯サイトの北海道新聞のニュース速報が届いたとき、私は「すごい、やりましたね」と思わずメールを送ったことを覚えている)。 当時、外務省アメリカ局長として対米交渉にあたった吉野文六氏(87)=横浜市在住=が、昨年2月に北海道新聞の取材に「復元費用四百万ドル(当時の換算で約十億円)は、日本が肩代わりしたものだ」と政府関係者として初めて日本の負担を認めたのだ。「沖縄の祖国復帰の見返りに、本来米国が支払うべき土地の復元費用を、日本が肩代わりしたのではないかとされる1971年署名の沖縄返還協定について、当時、外務省アメリカ局長として対米交渉に当たった吉野文六氏は、2月7日までの北海道新聞の取材に『復元費用400万ドル(当時の換算で約10億円)は、日本が肩代わりしたものだ』と政府関係者として初めて日本の負担を認めた」との特ダネ証言に、私は、思わず拍手し、北海道新聞にメールを送っている。 35年前、スナイダー米公使と交わした「密約文書」の存在につき、吉野氏は今まで自筆のサインは認めたものの、「交換公文の内容は一切覚えていない」とシラを切り続けてきたのだから大スクープだった。   

 西山氏は1971年入手した秘密電文をもとに「沖縄にある米国資産などの買い取りのため、日本が米国に支払う3億2000万ドルの中に400万ドルが含まれている」との疑惑を発掘、特ダネとして追及した。この400万ドルは、米軍が接収していた田畑などの復元のため米国が日本に支払うと約束していた費用。吉野氏がこのほど北海道新聞記者の取材に応え、「国際法上、米国が払うのが当然なのに、払わないと言われ驚いた。当時、米国はドル危機で、議会に沖縄返還で金を一切使わないことを約束していた背景があった。交渉は難航し、行き詰まる恐れがあったため、沖縄が返るなら400万ドルも日本側が払いましょう、となった。当時の佐藤栄作首相の判断」と、〝密約〟の経緯を証言した事実は極めて重い。(事件当時、西山さんの記事の援護や支援に回っていたのが、読売新聞のナベツネだったのだから、隔世の感がある。信じられない。)   

 昨年、審理中の西山・国賠訴訟で原告側は「国家権力中枢の組織犯罪という巨悪が隠蔽され、公正な刑事裁判を受ける権利を奪われた」として、虚偽公文書作成罪・偽計業務妨害罪・憲法七三条三号(条約の国会承認)違反…等を掲げて弁論を展開。「できれば、吉野氏を弁護側証人に申請したい」との構えをみせていた。(社民党は証人喚問を要請)   

 では他の報道はどうだったのか。いち早く吉野氏に確認し各紙に配信した共同電を夕刊一面大トップに仕立てたのは琉球新報・沖縄タイムスだった。在京全国紙の感度の鈍さのはあきれた。毎日・朝日が2日遅れの10日朝刊、読売が11日朝刊掲載になった。全国紙の扱いから受けるインパクトは、ニュースの速報性ということを考えれば、ほとんどゼロだった。ブロック紙の東京新聞も8日の夕刊に掲載したが扱いは第2社会面3段扱いだった。
  昨年、87歳の吉野氏は、各新聞社の相次ぐインタビュー(民放ではテレビ朝日)に応じ、「400万ドル肩代わり」以外に、「当時公表されていなかったVOA(米政府短波放送)移転費1600万ドルも、日本が支払った3億2000万ドルに含まれていた」などの新証言を次々明かしている。「大蔵省(当時)のやったことだから細かいことは分からない」と言うが、積算根拠の薄弱な〝掴み金〟を支払って、沖縄を返還させた構図が透けて見える。  3月8日の参院予算委では福島瑞穂・社民党党首が政府の隠蔽体質を執拗に迫ったが、「密約は無かった」と繰り返すばかりだった。まさに〝臭い物に蓋〟…説明責任を果たさない政府の傲慢さに憤りを感じる。「米側の公文書と吉野証言で(密約は)歴史の事実として確定したものとしか言いようがない。政府がいくら否定しても説得力を持たない」(毎日2・11社説)など、各紙社説は一様に正確な情報開示を政府に求めていた。   

 犯罪的な嘘によって新聞記者生命を奪われた一ジャーナリストの名誉は国家賠償という形で回復されるのか、はたして国家の嘘は裁かれるのか、控訴審判決は来年2月20日だ。

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